沢村栄治

 

プロ野球に「沢村賞」として名前が残っている伝説の沢村栄治が、現役当時は160キロの速球を投げていたという記事が話題になっています。

プロ野球の創成期に活躍した沢村栄治(1917~1944)が、1日で生誕100年を迎える。先発投手にとって最高の栄誉である「沢村賞」に名を残し、伝説の投手と呼ばれるゆえんのひとつが快速球だ。その球速は約160キロだったと分析する専門家もいる。

1934年の日米野球。17歳の沢村は、ベーブ・ルースやルー・ゲーリッグら大リーグ選抜から9三振を奪い、1失点に抑えた。結果は0-1で敗れたが、米国との力の差が歴然だった時代にあって、歴史に残る試合となった。1936年には巨人のエースとして、プロ初の無安打無得点試合を達成した。

多くのプロ野球選手の動作解析を行ってきた中京大スポーツ科学部の湯浅景元教授は、巨人時代に沢村が試合で投げている映像を動作解析した。前方(捕手方向)へ水平に移動する腰の速度と腕の速度の差が大きいほど球速は上がるといい、その数値から導き出した結果は「限りなく160キロに近かった」。プロ野球で160キロ以上を記録した日本の投手は、大谷翔平(日本ハム)、由規(ヤクルト)、藤浪晋太郎(阪神)しかいない。

投手の球速と打者のスイングスピードは、ほぼ同じ速度で進化してきたという。当時の映像はほとんど見つかっておらず、湯浅教授が解析したのは一塁側から撮影したたった1球。だが、当時の大リーグの主力打者のスイングスピードが160キロ近くあったという解析結果からも、「その打者たちがきりきり舞いしてということは、『球速160キロ』は突拍子もない数値ではない」と分析する。

引用元:朝日新聞デジタル

この記事にネットではこんなコメントが書き込まれています。

「ロマンがありますね」
「160キロはちょっと無理があると思う」
「せいぜい140キロだと思う」
「金田も調べて欲しい」
「まわりと比べてその位速かったって話でしょ」

 

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沢村栄治について

沢村栄治

 

1917年2月1日生まれ、三重県宇治山田市(現・伊勢市)出身。

京都商業学校(現在の京都学園高等学校)の投手として1933年春、1934年春・夏の高校野球全国大会(当時は中等野球)に出場。1試合23奪三振を記録するなど、才能の片鱗を見せた。

1934年の夏の大会終了後に京都商業を中退(現在の高校3年生に相当する年齢)。その年の11月に開催された読売新聞社主催の日米野球の全日本チームに参戦する。

5試合に登板(4先発)したが、中でも11月20日、静岡県草薙球場で開催された試合では、7回裏にルー・ゲーリックにソロ本塁打を浴びたのみで、メジャーリーグ選抜チームを8回5安打1失点と好投した(スコアは0対1)。

これ以外の4試合では滅多打ちにあって沢村自身0勝4敗に終わったが、この年の日本選抜対メジャーリーグ選抜の試合が日本の0勝16敗に終わったため、この快投は現在でも日本で語り草となっている。

もっとも、ベーブ・ルースは、沢村を賞賛する一方で、「丁度バッターボックスに入って投手に面すると太陽の光源が真正面に見えるのでまぶしくて仕方がなかった」とコメントしている。

プロ野球リーグが開始された1936年秋に中山武とのバッテリーで史上初のノーヒットノーランを達成する。

同年12月、大阪タイガースとの最初の優勝決定戦では3連投し、巨人に初優勝をもたらした。

1937年春には24勝・防御率0.81の成績を残して、プロ野球史上初となるMVPに選出された。さらにこの年は2度目のノーヒットノーランも記録するなど、黎明期の巨人・日本プロ野球界を代表する快速球投手として名を馳せた。

徴兵によって甲種合格の現役兵として帝国陸軍に入営、1938年から満期除隊の1940年途中まで軍隊生活を送り日中戦争(支那事変)に従軍。手榴弾を投げさせられたことから生命線である右肩を痛めた、また戦闘では左手を銃弾貫通で負傷、さらにマラリアに感染した。

復帰後はマラリアによって何度か球場で倒れたり、右肩を痛めたことでオーバースローからの速球が投げられなくなったが、すぐに転向したサイドスローによって抜群の制球力と変化球主体の技巧派投球を披露し、3度目のノーヒットノーランを達成した。

1944年シーズン開始前に巨人から解雇された。移籍の希望を持っていたが、鈴木惣太郎から「巨人の澤村で終わるべきだ」と諭されて現役引退となった。その後、南海軍から入団の誘いがあったが、固辞した。

現役引退後、1944年10月2日に2度目の応召(現役兵時代を含め3度目の軍隊生活)。同年12月2日、フィリピン防衛戦に向かうため乗船していた軍隊輸送船が、屋久島沖西方の東シナ海でアメリカ海軍潜水艦「シーデビル」により撃沈され、屋久島沖西方にて戦死。特進で任陸軍伍長。27歳没。

職業野球通算63勝22敗、防御率1.74。

戦死後の1947年7月9日、巨人は沢村の功績をたたえて背番号14を日本プロ野球史上初の永久欠番に指定した(戦死から永久欠番指定までの間、今泉勝義や坂本茂が巨人の背番号14を使用していた)。

また、同年に沢村の功績と栄誉を称えて「沢村栄治賞」(沢村賞)が設立され、プロ野球のその年度の最優秀投手に贈られることとなった。

引用元:ウィキペディア

 

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沢村栄治が160キロで投げていたとう記事にネットの反応は?

沢村栄治

名無しさん
2017/02/01 07:51
ロマンがありますね
今となっては
憶測でないとわからないのが
残念です
あと
この方がずっともつべきだったのは
手榴弾ではなく、白球だったと思います
名無しさん
2017/02/01 09:03
カネヤンが「俺も160km投げてた」とか言い出しそうだなw
名無しさん
2017/02/01 09:04
手榴弾を投げすぎて
肩壊した結果
魔送球も生まれたんだと思うw
名無しさん
2017/02/01 09:09
徴兵から肩や左手を負傷して帰ってきてもノーノーを出した沢村さんは偉大すぎますね
名無しさん
2017/02/01 09:22
カネやんなら「わしの方が上や」
って言うでしょうねw
名無しさん
2017/02/01 09:24
沢村さんの球速はわからないが、
球威がすごかったんじゃないかな。
名無しさん
2017/02/01 09:27
堀内は「俺は170キロ投げてたぞ」って言いそう
名無しさん
2017/02/01 09:33
メジャー側は「サワムラのドロップは凄い」と言って球速については速いとも遅いとも言ってなかったって話だけどね。
名無しさん
2017/02/01 09:47
金田はサンデーモーニングで張本と並んで座っていた時に「わしは180㌔以上でていたよ」と得意げに言ってたぞ。
名無しさん
2017/02/01 09:47
澤村栄治氏は日本プロ野球界の伝説です。
名無しさん
2017/02/01 09:52
>カネヤンが「俺も160km投げてた」とか言い出しそうだなw
前にアウトデラックスで「160km出てた!でも誰も否定できないでしょ?」
とか言っていたのを見た気がする。
名無しさん
2017/02/01 09:54
読売が英雄視してるけど、球団は彼を捨ててますからね。
名無しさん
2017/02/01 09:55
三回も招集されてその度に肩はボロボロ最後は輸送船沈められての戦死。反戦に結びつけていいだろ
名無しさん
2017/02/01 09:55
映像解析するにしても当時の動画はフレームレートが低すぎて画像から正確な速度を割り出すのが困難と結論出てるんだよな
正確に検証できるならともかくこういう精度の低い検証すると、160出てたかもしれないし150がせいぜいだったかも、みたいな話になってロマンもへったくれもない
名無しさん
2017/02/01 09:59
沢村のみならず、過去の大投手は150キロ以上投げていた可能性は十分にあるだろ。
江川でも140キロ台前半の表示だったが、実際は152、3キロ出ていたんじゃなかろうかと、あの当時のスピードガン表示が怪しいと思うのは俺だけだろうか?
名無しさん
2017/02/01 10:01
澤村氏以外にも
戦争で野球人がお亡くなりになっています。
もう、
彼のように
手りゅう弾を投げるような野球人が出て来なくていいような
(戦争しなくていいような)
世の中になって欲しいという意味では、
反戦と結びつけてもよろしいんじゃないでしょうか!!
名無しさん
2017/02/01 10:04
スピードガン
今でも
球場によっては結構差があるようなことも聞きますよね。
神宮では数字が高めに出るとか・・・・
どこまでスピードガンを信頼して良いものか!!
名無しさん
2017/02/01 10:10
手榴弾は上から投げたら肩を壊すって言って自衛隊では
横から投げさせられるのよ
名無しさん
2017/02/01 10:10
手榴弾投げすぎて肩壊して復帰したときはボロボロだったしね、そして2度目の徴兵で帰らぬ人に
名無しさん
2017/02/01 10:14
ルースなど当時日米戦の話は語り継がれ耳に挟むことある。しかし日韓戦は聞かないな。日韓戦は野球ファンも知らないうちに終わってる。これも世の常!
名無しさん
2017/02/01 10:15
残念ながら160kmは無いだろう。
当時の撮影技術は、動く物体を撮影すると、モーションが若干早送りになってしまうような技術力しか無かった。
当時の戦争や五輪の記録映像などを見れば一目瞭然だが、人間や車が走り回っている当時の映像は、明らかにモーションが早回し気味に感じられるはずだ。
沢村の球速も、つまりそういう事だ。
名無しさん
2017/02/01 10:18
上原のような投手もいるからね。見た目というか、体感もあるから。
だから、今でもスピードだけが、好投の基準にはならないと思うけど。
名無しさん
2017/02/01 10:22
時代は、白球より手榴弾を持つ方が英雄と言われた時代です。
あの時代に大谷翔平がいたとしても、白球より手榴弾を選んでると思いますよ。
名無しさん
2017/02/01 10:22

仰る通りですね。納得です。
江川もそうでしたよね。
彼の場合、
初速と終速の差があまりなく、
ホップするように見えた。なんて言ってました。
スピードだけじゃないんですね。
スピードだけなら
星野伸之投手・山本昌投手・和田毅投手なんて
そんなに勝てないはずですもん。
名無しさん
2017/02/01 10:25
160キロの球を当時の捕手が捕れてたのかなあ?
しかも当時のキャッチャーミットで?
ちょっと信じられないな。
名無しさん
2017/02/01 07:40
球速はよく分からないが、親善で来ていた当時のメジャーリーガーたちを、途中から本気にさせたかも知れない。
名無しさん
2017/02/01 09:33
そのメジャーリーガーが存命であれば聞きたい。
名無しさん
2017/02/01 09:36
その親善団のなかにスパイがまじってた話知ってる?どっかで映画かドラマにしてほしいなぁ。
名無しさん
2017/02/01 09:41
当時の日米野球は大人と子供ぐらいの差はあったのに、きりきり舞いさせられたんだから間違いなく本気になったでしょう
名無しさん
2017/02/01 09:41
大リーグに来ないかって誘われたそうだからね
スタルヒンや沢村は

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名無しさん
2017/02/01 09:47
180kmだった可能性もある。
名無しさん
2017/02/01 10:10
ルー・ゲーリックなどは、完封されるのではないかと本気を出したと記録されている。
名無しさん
2017/02/01 10:17
現在の沢村は、去年の状況見ると9回出てきてチームの負け確定!
今年は、それを汚名返上出来るかな?
名無しさん
2017/02/01 10:17
他の試合では打たれてるんだけど、その試合は、
カーブのキレが良かったと、何かの文献で読んだ記憶がある
つまり緩急が巧くつかえたんだろうな
途中から本気にさせたというのは、そうかもしれない
我々はスクールボーイに抑えられるために海を渡ったのか?
と大リーグベンチ内で言ってたとか、ホームラン打った、
ゲーリッグを皆が抱きついたという話も文献で読んだ
名無しさん
2017/02/01 10:18
二回目以降の登板ではメッタ打ちにあったことは、あまり知られていなくて残念。いいとこだけ取って「ロマン」はないだろうと思う。
名無しさん
2017/02/01 10:19
伝説の投手だからな。日本のプロ野球は沢村と景浦で始まったと言われてるからね。
160km/hについては、直接対戦した故青田氏、故千葉氏などがテレビでコメントしているからね。当時150km/hの球を目視して、「それより速かったか?」と尋ねて、「明らかに速い」とコメントしてるから、あながちウソではないだろうね。
ただ、沢村氏も晩年は軍隊のイジメで重い手榴弾投げをさせられて、肩を壊したからね。軍隊というか、日本人の「やっかみ」ってのはロクなもんじゃないね。
名無しさん
2017/02/01 07:49
当時の栄養状況や沢村投手の体格を考えても…160キロはちょっと無理があると思う。それでも沢村投手が好投手だったという事には異論はないが…
名無しさん
2017/02/01 09:46
160km/h出ていたと本人が豪語していた速球は画像解析の結果、154km/hだった。(長嶋茂雄デビュー戦)
ちなみに、江夏豊がオールスターで9連続奪三振を奪った際の最高急速は158.8km/h
どれもしっかりした映像が残っていたからこそ出せた数値。
名無しさん
2017/02/01 09:52
それでも出ていたのではないかって思わせるような凄さと時代特有の曖昧さこそがロマンだぜ。
名無しさん
2017/02/01 09:54
球速の計り方良く知らないけど
投げてからキャッチャーミットまでの平均なら
映像の秒数と距離で計算できるんじゃないのかな
名無しさん
2017/02/01 10:00
数十年後に170kmを出す選手が現れ始めたら”170km投げていた?”って記事が出るんだろうな…
名無しさん
2017/02/01 10:01
前も何かの記事で球速を割り出してたのを見たが、
投げてからミットに届くまでの速さをフィルムの速度で割ってどうたらこうたら…って計算方法だったと思う。
でもこの方法だと古いフィルムほど出た結果の振り幅が大きくなるんじゃなかったっけ?
その結果沢村栄治の球速は145~160㎞/hの範囲ってことだった
可能性として160㎞/hもあり得たって話
名無しさん
2017/02/01 10:02
昔はスピードガンなどなかったから何とでも言える。スピードガン出来た時代の投手と
比較すべき。
個人的には160kmも出て無いと思う。せいぜい150km前後だろう。
打者には初速が140km程度でもスピンが掛かって伸びがあれば球速以上に速く見えるし、
緩急を付けて球速を速く見せることも出来る。
名無しさん
2017/02/01 10:05
沢村栄治が160㎞投げようと170㎞投げようと、スピードガンがなかった時代のことを論じても仕方ない。今を生きる剛速球投手たちに期待しましょ。
名無しさん
2017/02/01 10:12
走り込みという概念がなかった時代に下半身鍛えるためひたすら走ってたというエピソードが残ってる
名無しさん
2017/02/01 10:14
普通に考えても
140km/h台後半だろ
名無しさん
2017/02/01 10:17
120キロ台でしょ
名無しさん
2017/02/01 08:34
どの横綱が歴代最強かを討論するのと同じで答えは出しようがない。
ただ、その時代でトップだった事実は事実なわけで、そんな人たちの歴史の積み重ねで今があり、今のトップがいる。それだけで十分素晴らしい。
名無しさん
2017/02/01 09:56
このコメントが一番素晴らしい。
名無しさん
2017/02/01 07:06
球速は野球の歴史と共に上がって来た、それはスピードガンが証明している、ところがガンのない時代まで遡ると昔の方が速かったと言う人が居るけどそれはないです。
名無しさん
2017/02/01 08:15
走る飛ぶ投げるの陸上競技の記録がトレーニング技術や栄養学の進歩により伸びてきたのだから野球も昔の方が速かったなんてことあり得ない。
名無しさん
2017/02/01 08:35
確率分布の問題で、平均値は当然昔の方が下だが、
稀代の天才投手なら160キロ出ていた可能性はあります。
名無しさん
2017/02/01 08:40
そもそも身長170センチ程度の人間が160㎞投げてたとか夢見すぎ、張本と同じ思考の専門家でしょ。
名無しさん
2017/02/01 08:46
ベーブ・ルースやゲーリックは
沢村の「縦のカーブ」に手こずり、評価していた。ストレートは別に速いとか思われてない。
名無しさん
2017/02/01 09:00
こんな分析に何の意味があるのだろうか。戦国時代の足軽たちがボルトよりも速いって言ってるようなもの。こんな下らないことで沢村さんの評価の上下はないよ。
名無しさん
2017/02/01 09:22
当時の選手の中では沢村が大谷のように突出していたのは間違いないだろう。
名無しさん
2017/02/01 09:24
いや、昔の方が速いってことではなく
科学者が映像を解析した結果160近く出てたのでは?って話で
そもそもの記事の内容とズレてると思います
名無しさん
2017/02/01 09:28
昔の日本の飛脚はマラソン選手よりも速かったって話みたいだね。
名無しさん
2017/02/01 09:31
最近はスピードガンの計測結果が速く出るようになってきている気がする
名無しさん
2017/02/01 09:32
陸上でも水泳でも重量挙げでも数字が残る競技で70年以上前の世界記録はとっくの昔に更新されてますからね。
沢村が160キロって分析も怪しいと思います。
数字が残る競技では70年前の記録は全く通用しなくなってるのに、数字が残らない競技では過去の選手の方が現代より
凄かったっていう人多いですよね。
木村政彦、双葉山、なども史上最強と言われてますが、現代では通用しないでしょう。
記憶は美化されますからね。
名無しさん
2017/02/01 09:33
金田氏は自称160km/hですが・・・
105マイル投手でもできない記録持ってんだから
そんなホラ吹かなくてもねぇ。
名無しさん
2017/02/01 09:33
別にスピード出てなくても、藤川みたいな球速落ちない玉でも早かったと言ってると思うよ、昔の早いは客観的な見方ではなく、バッターの主観がほとんどなのだろうから、「はえー!!」となる玉なら球速出てなくても、速かっただろうし。

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名無しさん
2017/02/01 09:34
金田は170キロ投げてたって自分で言ってたな。
名無しさん
2017/02/01 09:39
ユーチューブに江川対メジャーリーグ(ロイヤルズ)があるから見てみるといい。
140前後のスピードでキリキリ舞いだ。
まあ球のキレが半端ないが。
名無しさん
2017/02/01 09:41
沢村最大の武器は「速球」ではなく当時ドロップと言われていた落差のあるスローカーブと速球との「緩急」だ。
当時の速球が現代の速球よりも速いという根拠は無いだろうが、切れが抜群に良かったからそう見えたのだろう。
「切れの良さ」と「スピード」は必ずしも比例するものではないからね。
名無しさん
2017/02/01 09:43
デビューで四三振食らった
長島さんは145キロくらいかな
金さんの速球はと言っていた。
名無しさん
2017/02/01 09:43
ボールの質が今と違うから比べようもありませんが、速度は出ていなくても藤川の様にバックスピンの多い速球だったのかも知れません、沢村もそうですが阪急の山口など実際に見てみたかった。
名無しさん
2017/02/01 09:44
山口と江夏は今ビデオで見ても
相当速かったと思う。
名無しさん
2017/02/01 09:50
確率分布の問題なら、現代にも170キロ投げられる投手が存在する可能性がある。
でもいません。
この分析もおそらく120~160キロくらいのブレのある測定結果でしょう。
その昔スカイフィッシュというUMAがいて200キロ以上のスピードで飛んでるなんて分析した専門家がいたけど、なんのことはないただのハエだった。
沢村が偉大な投手だったことは誰もが認めることだけど、こういう尾ひれの付け方は間違ってると思う。
速球や変化球のキレがすごかった、と言う方がロマンがある。
名無しさん
2017/02/01 09:51
70年代後半からですかね。
スピードガン。
当時はMax江川と小松で152kmだった。140前半の球速で速い方だった。
その後Maxも平均球速も上がっていき今に至る。
この歴史をリアルタイムで見てきた我々40代以上の人で、そんな事信じる人いないでしょう。
名無しさん
2017/02/01 09:58
スピードガンが普及した当時
小松や江川はもちろんだが
浅野、井原(ヤクルト)なんて地味な投手が150キロ超えてて
驚いた記憶がある。
名無しさん
2017/02/01 09:58
昔の速球派投手の球速を映像とかいろいろな方法で調べたらせいぜい130キロ台だったって記事を読んだ記憶があるんだけどね
それで爺さん野球評論家が怒ってワシは150キロ以上で投げてたはずだ!とか怒ってた記憶がある
まあ当時130キロ台を出してた投手が現代に生まれてたら150キロ以上出してた可能性はると思うけどね
名無しさん
2017/02/01 10:07
当時の大投手って
そこそこ体が大きかったの
(金田184 別所182 杉下185 スタルヒン190)
で今の科学トレを
やらせたらかなりの球を放れたとは思う。
名無しさん
2017/02/01 10:15
大リーグのキャンプに王と長島が参加してバットスイングが一番遅いのがこの二人だったというね。
90年頃にメジャー選抜に日本が4連勝したことがあって(その後三連敗)、当時ヘビー級とミドル級くらいに差が縮まったかなと言われていた。
でも、その後メジャー選抜に勝ち越したことないように思う。
名無しさん
2017/02/01 10:15
今日日、170cmの高校生が150㌔投げたりするご時世だからな
沢村が稀に存在する超人的な人間で160㌔投げる事が出来たかもしれないぞ
ただ160㌔を連発出来たとか思えないけどさ
名無しさん
2017/02/01 07:38
160キロだって最近の話で、それまで出ていなかったのがもっと以前の人が出してたとかあり得ない。
そもそも20年くらい前だと「155キロ出ていた」って言っていたような気がするし、仮にこれから165キロ、170キロ出す人が現れたらそれくらい出ていたと言い出すに決まってる。
名無しさん
2017/02/01 09:31
いや、松坂とか出てきたときにまったく同じような沢村の映像解析をテレビでやってたの覚えてるけど、その時も沢村は159.・・キロってやってたよ。
名無しさん
2017/02/01 09:40
スピードガンが出だしたころ最も速かったのは小松だった。
小松が時々出す150キロに皆が狂喜し、147~149キロでも喜んでいた。
その頃は恐らく沢村さんも150以上でていたと言われていた気がする。
名無しさん
2017/02/01 09:44
すまんけど、日本人が160キロに到達できるのかって番組で、沢村は159.・・ってやってたから、それ160キロでいいやんって思ったのが印象に残ってるから言ってるんだわ。
なんでテレビでやってたって話しで、160キロっていったら反響こわいーって話しになるんかさっぱりわからんが、いちいちそんな反響怖がってんのか?大変やな。
名無しさん
2017/02/01 09:48
90年に中日与田が広島市民球場で157㎞/h出してるけど、明らかに他の球場より速かった
名無しさん
2017/02/01 08:32
150キロが最速の時代は沢村は”150キロ出ていた”となるし大谷のような160キロを超す選手が現れたら”160キロ出ていた”となる。こういう分析や昔のプロ野球選手が自分は速かったと主張するスピードが時代と共に変わるんだが、それが本当におかしくて仕方ない。大谷が170キロ出したら”沢村170キロ出ていた”とかなるのか。
名無しさん
2017/02/01 07:23
せいぜい140キロだと思う。今と昔では体力も技術も違う。80年前の全ての陸上競技の世界記録を調べたら良い。今通用する記録はない。だけど、もし当時記録をとる術がなく、100mで当時突出した選手がいたとしたら、軽く9秒台で走っていたとか言われるだろう。
その類の話。
あと、老人の証言は年と共に大袈裟になるから信憑性なし。
名無しさん
2017/02/01 07:39
140キロくらいでしょうね。
身長が大谷くらいあったとしても当時は筋トレそこまでしてなかったと思うので、良くて140キロ後半出てたら良いくらい。
20年前は左なら145キロ、右なら150でたらドラ1確定の時代だった。
それより昔の事だから流石に160はありえない。
仮に160出てたらメジャーで活躍してたでしょうね。
名無しさん
2017/02/01 08:04
体格考えると、当時のメジャーも140キロ台後半がすごい方で、日本人は130キロで速球派かな。
沢村がメジャー相手に、全盛期で1ー0で負けてるが1失点は、すごい140キロ中盤まで出てたかもね。
名無しさん
2017/02/01 09:30
上原みたいに切れの良い速球だったのかも。
名無しさん
2017/02/01 09:32
この中京大学の湯浅という教授は、科学研究もろくにしていなくて、メディアに出てばかりの人。論文も博士号取得以来全く書いていない。大学教員の言うことが全て正しいわけではないし、この人はとくにその1人。そもそも、基準となる長さや速度もないのに、どうやって算出するのか。
名無しさん
2017/02/01 09:33
160キロ出しても当てられたら無意味
重要なのは空振りが取れて抑えられたって事実
名無しさん
2017/02/01 09:39
当時のキャッチャーミットが160キロに耐えるようにできてないでしょ。
名無しさん
2017/02/01 09:47
もし160km/hも出ていたらベーブ・ルースがアメリカに連れ帰っていただろう。
名無しさん
2017/02/01 09:49
昔話や伝説ではなく映像解析をした結果なのに、せいぜい140くらいだと言える考えが理解できん。
名無しさん
2017/02/01 09:50
足の速っかた俺の爺じいが言ってたが「100メーター、5秒」っていつも言ってたぜ。
名無しさん
2017/02/01 10:09
私の祖父も戦時中に兵隊として20KGの荷物を背負いながら100mを11秒で走ったって言っていた。
別に誰も突っ込まなかった。
何秒でもいい。私は祖父を含め戦争に行ったすべての男子を尊敬している。
名無しさん
2017/02/01 10:15
> せいぜい140くらいだと言える考えが
理解できん。
平成の現代の栄養学、スポーツ科学を全て
取り込んで、やっと大谷が160k
出せるのに、食べるものもない時代に
大谷と同じ球を投げられると信じるのは
無理が有る、と言うだけの話です。
名無しさん
2017/02/01 10:15
当時の競泳の世界記録は、現代では小学生より遅い記録らしい。
名無しさん
2017/02/01 10:16
>昔話や伝説ではなく映像解析をした結果なのに、せいぜい140くらいだと言える考えが理解できん。
その映像解析にどれだけの信憑性があると思っているのか。解像度も相当低く、基準となるものもない。そもそも、本当にちゃんと映像解析しているなら、正確に速度を算出できるので、はっきり160出ていますと言えるが、湯浅教授は160出ている可能性がありますと言っている。画像解析したにもかかわらず、可能性がありますって、画像解析する前となにも変わってないじゃん。
まぁ、確実な根拠もなくせいぜい140くらいというのは、たしかに良くないね。
あと、沢村投手がメジャーをおさえたことは事実で、それに対してはリスペクトしている。これとは全く別の議論ね。
名無しさん
2017/02/01 10:22
> せいぜい140くらいだと言える考えが
理解できん。
ついでに言っとくが、湯浅はこれで
飯を食べてる
野球専門の御用学者ですから。
名無しさん
2017/02/01 09:36
今のテレビの画質・再生(録画)速度ならわかるが
昔のコマ送りでは数値解析なんて誤差が大きすぎる。
もっと早いかもしれないし…けど間違いなく遅いと思います。
肉体は鍛えないといけないがスポーツとしての知識・分析では
格段に進化してる現代とは比べものにならない。